Saturday 27 April 2013

ターク社フライパンとダディとの関係



ボクの家に自慢のフライパンがある。ロンドンに住んでいたときから、ずっと使っていたもので、海外引越船便に忘れずに押し込まれた。今は、東京の我が家のキッチンで出番を待っている。

もう何年も前になるが、「食」に拘るダディは、熟練した職人がひとつひとつ手間ひまかけてフライパンを作り上げるすばらしさを、是非見てみたいと、カメラを片手にドイツのターク社の工場を訪ねた。「わざわざドイツまで来て、手ぶらでは帰れぬ」と、一つ購入して、誇らしげに手に提げて帰ってきた。これは、鉄の塊を一枚の板にして形成されたフライパンで、ボクがどんなに奮闘してもビクともしない、ずっしり重い伝統の逸品である。

あらゆる食材がおいしく仕上がるそうだが、特にステーキに最適で、「自慢のステーキが焼き上がる!」と、我が家の料理長(ダディ)はご満悦の様子だ。今晩はステーキなのかな? でも、どうせボクにはくれないし……。

「こらっ、ピノ、そこで何してんの!?」
「なんにもしてないよ。シェフの美しいフライパンを見ているだけだよ、ごくごく近距離でね。ニャン」

Saturday 20 April 2013

「旭カレー・ルウ」と甘らっきょう




ボクが安眠していると、鼻のところに、マミーが無造作に何やら置いた。
Ohhhh…ツツーンと鼻をさすカレーのシャープな臭い。天使のようにスヤスヤ眠っていたのに! カレーの臭いに起こされるなんて! マミーはどうしてこんな無鉄砲なことをするのだろうと思っていたら、首にかけたカメラでパチパチ写真を撮り始めた。もうボクの鼻の頭はカラカラ、瞼はしょぼしょぼ、頭の中はツンツン。まだ終わらないのかなあ…。


この前、久しぶりに家に遊びに来た昔の仲間と、近所の「ゑびす」(居酒屋)に行ったその帰り道の出来事。マミー曰く、商店街を歩いていたら、普段は通り過ぎてしまう老舗味噌屋の店先に、昔懐かしいパッケージとその色をたたえて、「旭カレー・ルウ」が並べてある。これも古い下町葛飾の味だけれども、なぜに味噌屋に? でも、まあ、考えてみれば、お味噌もカレールウも味こそは違うが、具の入った汁に入れて溶かすだけ。同じプロセスではないかと合点したという。

「ウチの亭主が好きなのよ、これ」
と、Miちゃんが甘らっきょうを手に取り、その横のカレールウも一緒に買い求めた。
「亭主の好きな甘らっきょうかあ、いいなあ」
「Miちゃん、いい女房だねえ」
「そりゃそうよ。アッハハハ」
こんな楽しげな三人を見てか、
「皆さん『ゑびす』の帰り? 甘らっきょうもいい味だけど、この間、ウチの店、テレビに出たんですよ。このカレールウが紹介されてね。カレーうどんにしてもとってもおいしいですよ」
と言う店主の甘辛な言葉にのせられて、カレーうどんが好物のマミーも一袋購入。「カレー鍋にぴったり!」と、カレー鍋うどんがお得意のMaちゃんも、迷わず買ったそうだ。

袋に密閉されていても、こんなに強烈にプンプン臭うのだから、いつ料理するかは知らないが、家中に充満するカレーの臭いを想像すると、鼻が硬直する。

「ああ、いい匂い。昭和22年創業、香り高く、コク深い…、あらっ、これ10人前と書いてあるわ。何回もできるわね。じゃ、今晩さっそく作りましょう。今日は底冷えがするし、この間カレー鍋のレシピもMaちゃんに教えてもらったことだし、パーフェクトだわ」

ああ、10人前か…。逃げようのないスパイシーな空気の中で、いずれボクは飽和点に達するのだろう。



Saturday 13 April 2013

はじめての歯磨き



「クックッ苦し〜 何すんの!? 絶対に口なんか開けるもんか! やめて〜」
今日のはじめてのsomething” は、もうじきだろうと恐れていたはじめての歯みがきです。

今日、ボクは「フィンガーブラシ」とやらで、生まれて初めての歯磨きをした。ロンドンにいるときに、東京には布製の指サックをはめて歯磨きができる、「フィンガーブラシ」という優れものがあると聞いていたダディは、東京に引っ越したら、是が非でも手に入れよう、いや、指に入れようと、目論んでいたのだ。とうとう、先日マミーがいつものペットフードショップで見つけてきて、今日ダディが実行委員長を務めた。


「気持ちいいよ、ピーちゃん!」と、ダディのまやかし言葉。確かに前歯は痛くも痒くもない。逃げも隠れもしないからどうか首をしめないでおくれ、と思いきや、奥歯はかなり苦しく堪え難い。隙さえあれば即逃げるゾ。内側はダディにとって絶対絶指だ。指を入れようものなら、この牙でグサリと噛んでやる。ということで実行委員長の結論は、「フィンガーブラシは外側の歯磨きには適しているが、内側は不可能」。やはり内側は歯ブラシかな? しかし今さら歯ブラシなんぞ使えるか、歯歯歯歯歯!

話せば長くなるのだが、実はボクは幼いころ、全身麻酔で歯垢除去手術を受けたことがある。でも、ダディとマミーは幼い子に全身麻酔はすべきではなかったと後悔し、それ以来、ふたりは歯には神経質になってしまったのだ。幼かったボクにとっては断食がたまらなく辛かった。手術前夜の夕食から当日の夕食まで何も食べさせてもらえなかったのだ。帰宅後は手術の痛みではなく死ぬほどの空腹に耐えきれず、フラフラしながらもカリカリの袋を開けようと、そりゃもう無我夢中で引っ掻き続けた。しかし、いきなり固いものは許されず、その夜は缶詰食をほんのひと摘みもらっただけだった。お腹と背中がくっつきそうだった。もう断食はまっぴらご免だ!

この次、歯磨き実行委員長に歯ブラシ掲げて口内に攻め込まれたらどう対処すべきか? う〜ん、エエイ、その時はその時だ。歯ブラシなんぞ朝飯前、矢でも鉄砲でも持って来い。こちとら下町っ子だい!

「実行委員長は土佐のいごっそうなのよ。忘れたのピピ!?」


Monday 8 April 2013

木根川薬師植木市




木根川薬師浄光寺で、お釈迦様の生誕をお祝いする花祭り(4月8日)に付随して、「植木大市」が開かれる。

今年はその植木市をマミーはとても楽しみにしていた。ここでいろいろな植木を購入して、ほぼ完成に近づいた石庭に、花壇を組み込もうとしているのだ。それに、この植木市には少女のころ行ったことがあるけれど(植木より、そこに出る縁日の屋台のほうが魅力的だった)、今回は数十年振りだし、薬師様に隣接する母校・中川中学校(当時どぶ川だった中川)と、木根川橋も訪れてみたかったようだ。
毎年この日はよく雨が降るそうだが、今日は朝から快晴。待ちきれず、ダディとマミーはそそくさと出かけて行った。


昼近くに、ふたりは晴れ晴れとした穏やかな面持ちで帰ってきた。ダディは葉の茂った植木を担いで、マミーは色とりどりの花を抱えて。参拝もして、花御堂のお釈迦様の誕生の像にも甘茶をかけてお祝いしてきたようだから、いつになく温和なふたりの笑顔はそのせいだろう。

「お花はいろいろあったけど、あまり大きい株立ちはなくてね。でも、初日の朝行ったから、ほしいのが買えて良かったわ」
と、マミーは満足げに買ってきた鉢植えを眺めている。まだ若いその木は、オレンジ色の小さな花が、心地よい香りを放つというキンモクセイらしい。

どこに何を植えるのか、ボクは窓辺で見物している。だけども問題は、今日のボクの昼ご飯。「ニャーンニャーン」と催促してみる。この要求が聞こえないはずはないのだが…。ああ、魚の匂いも、キンモクセイの花の匂いも、一体いつになることやら。

Friday 5 April 2013

おじいちゃんの優しい石




春の到来にせき立てられて、いよいよ庭造りが開始された。限られたスペースに、おじいちゃんの残した石をふんだんに配置した石庭と、草花の庭を共存させようと考えて、ダディとマミーは、ああしよう、こうしよう、と試行錯誤している。


石屋だったおじいちゃんの仕事場兼裏庭には、石灯籠やら手水鉢やら、その他様々な石が折り重なっていたそうだ。ボクはマミーの『思い出ぼろぼろ』に耳を傾けた。

私、子供の頃ね、裏庭で遊んでいて、石をヒョイと跨いだの。だけど運悪く、それは大切なお地蔵さまだったの。それでびっくりして、「ごめんなさい! お父さん、どうしよう!?  わたしバチがあたる」と、無垢な私は泣き声になって。昔は小さな子供が亡くなると、その子の供養のために、お地蔵さまをつくったのね。そう、そしたら、おじいちゃん、まあその頃は若い力持ちのお父さんだったのだけれど、こう言ったわ。
「大丈夫、心配しなくてもいいよ。まだお坊さんがご祈祷していないから、それはお地蔵さまの顔をしたただの石だからね。それより、危ないから向こうで遊んで」
その優しい言葉に、涙が溢れて…。ちらっと見たお地蔵さまの顔がほんとうに優しかった。

思い出のあるの、ないの、大きいの、長いの、四角いの、どうころがしても重い石たちをどうやって配置するのか、かなり大変そうだ。 ダディがテーブルにパーフェクトサイズのを見つけて、ほどよい所に敷いた。ところが、窓越しにボクと一緒に見ていたマミーが「低くてちょっと変ねえ、下に四角いのを入れて高くしたら」と安易に発言。ああ、やっと敷いた石のテーブルを、また動かすのかと、ダディは石を抱えずに、頭を抱えている。

花やハーブの香りに癒されて、おじいちゃんの優しい石の上で昼寝したり、遊んだり、時にはジャンプだって…。ああ、もうすぐ、もうすぐだ、と勝手に想いを馳せるボクである。